有効求人倍率の上昇や失業率の低下など、雇用環境が改善するなかで、働き手の減少により企業の人材確保が厳しさを増している。帝国データバンクの調査では、企業の約4割が人手不足感を感じていた(2016年1月、7月調査)。
一方で、厚生労働省によると、採用した大卒3年目までの離職率は中小企業が大手企業を大きく上回っている。
こうした厳しい状況では、既存の若手人材や中核人材を離職させることなく、いかに定着させ、育成していくかが企業の成長にとって重要となるが、資金や資源に限りがある中小企業は、「どのような取り組みを行って人材の定着を図っているのか」。 アンケート調査や取材などから、中小企業が人材定着を図る際のポイントを探る。
少子高齢化による生産年齢人口の減少にともない、企業の人材不足感が深刻化している。2016年1月と7月に帝国データバンク(以下、TDB)が調査した「人手不足に対する企業の動向調査」によると、企業の約4割が正社員の不足感を感じていた。また、2016年9月に厚生労働省が発表した8月の有効求人倍率は1.37倍となり、1991年8月(1.40)以来の高水準が続いている。
企業の成長・発展にとって人材は欠かせない要素であるが、団塊世代の引退や少子高齢化の進展などを背景に、生産年齢人口の減少が加速することで、人材確保は今後ますます困難になっていくことが予想される。先のTDB の調査(1月)では、従業員(正社員)が1,000人超の大手企業においても人材不足感が増しており(45.2%)、大手企業が採用活動を活発化させることで、特に中小企業の人材確保はさらに厳しい状況が続くとみられる(図表1)。
こうした状況下では、転職市場も活発化しており、より良い条件や仕事を求めて若手人材が離職してしまうリスクも高まっている。厚生労働省の労働力調査によると、2015年平均における過去1年間の離職経験者(565万人)のうち、現在は就業者の者(転職者)は298万人となり、2010年平均(283万人)以降、増加基調で推移している。
また、大卒3年目までの離職率(2012年3月卒)をみると、従業員数1,000人以上が22.8%であるのに対して、同5人未満は59.6%、同5~29人は51.5%、同30~99人は39.0%と、中小企業規模の離職率が大手企業を大きく上回っている(厚生労働省「新規大学卒業就職者の事業所規模別離職状況)(図表2)。
仮に苦労して採用し、育成した人材が離職した場合、中小企業はこれまでの採用・育成コストが無駄になるだけでなく、退職者の穴を埋めるべく新たな人材を確保するために、さらに時間とコストをかける必要に追われ、本来の事業になかなか手を付けられないといったことも起こりうる。
そのため、中小企業がこのような採用難や離職リスクにより人材不足に陥ることを回避するには、既存の人材にいかに定着してもらい、中核人材として育ってもらうかがカギを握る。
2016年9月にTDB が実施した、「人材の定着に対するアンケート調査」でも、人材定着に取り組む目的として「優秀な人材の確保」(65.3%)に次いで「社員のモチベーション向上」(57.8%)が挙がっているのは、中小企業が人材を確保しづらい環境であるなかで、やりがいや帰属意識を高めて、従業員の離職を防ぎたいという、現状への危機感の表れといえよう。
では、離職を防ぎ、人材を定着させるためには、中小企業は具体的にどのような取り組みを行ったらよいか。ここでは、まず主な離職理由を把握することで定着のための取り組みのヒントを探る。
平成27年雇用動向調査(厚生労働省)によると、転職入職者が前職を辞めた理由としては、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」、「職場の人間関係が好ましくなかった」、「給与等収入が少なかった」、「仕事の内容に興味を持てなかった」、「会社の将来が不安だった」などが上位に挙がっている。
各年代で「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」「給与等収入が少なかった」の割合が高いこと以外では、20~24歳においては「職場の人間関係が好ましくなかった」(男性11.2%、女性14.6%)、30~34 歳の男性では「会社の将来が不安だった」(13.3%)の割合が高いことが特徴的だ(図表3)。
また、労働政策研究・研修機構によると、初職が正社員であった離職者の初職を辞めた理由としては、「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」(29.2%)、「人間関係がよくなかった」(22.7%)、「仕事が自分に合わない」(21.8%)などが上位を占めた(図表4)。ただ、初職継続期間が3年以上に限ると、「結婚、子育てのため」(21.1%)、「賃金の条件がよくなかった」(18.9%)、「会社に将来性がない」(16.8%)などの選択率が高まっていた(労働政策研究・研修機構「若年者の初期キャリアと企業による雇用管理の現状(平成25年若年者雇用実態調査より)」)。
このように離職理由をみると、年代によって回答にある程度の差や優先順位はあるものの、主に、「労働条件」、「給与」や「仕事のやりがい」、「人間関係」、「会社の将来性」といった要因が、社員の不満、不安につながっている傾向が垣間見える。
経営資源に限りがある中小企業では、給与や福利厚生などで待遇改善を図ることは難しいのが現状であろう。しかし、それほどのコストをかけずとも、「労働条件」や「仕事のやりがい」、「人間関係」を改善させること、「会社の将来性」を前向きにとらえてもらうよう働きかけることで人材を定着させることは可能である。
以下に、TDBのアンケート調査に加え、人材定着に取り組んでいる中小企業や定着支援を手がける専門機関などの話から、本誌が主なポイントをピックアップし、「中小企業の人材定着のための4つのポイント」としてまとめたものを掲載した。
以下に、その要点について解説する。なお、人材定着の取り組みには、これを行えば必ず定着するという特効薬はないが、ここで挙げているのは、多くの企業で行っている取り組みであるため、自社の人材の定着状況に合わせて参考にしていただけたら幸いである。
まずは、「会社の将来性」に対する取り組みとしては、経営者自らが「会社の現状と今後の展望」を伝えることである。中堅層のみならず、「特に若年層は、『この企業にこのまま勤めたとして、人生設計はうまくいくだろうか』と将来に対して多くの不安があります」(東京都中小企業振興公社 上原秀治課長)といったように、会社の将来性は若手にとっても関心が高い。
TDBのアンケート調査でも、「将来像の明確な提示」、「会社が目指す方向性や今後の展望を、その根拠も含めて全社員で共有すること」は、企業への疑問や不安を取り除き、人材の定着効果が高い取り組みとして挙げられている。
たとえば、株式会社ティー・シー・エス(東京都文京区)は、年に3回ほど全社員を集めて、全体部会という場を設けている。社長自らが、会社の一切の経営情報を伝えることで社員との信頼関係を深めているという。
業績は良いときもあれば悪いときもあるため、経営情報を詳細に開示することは抵抗があるかもしれない。しかし、人材定着という観点からみれば、むしろ積極的に情報を開示するほうが、社員との信頼関係を構築するうえでメリットは大きい。
職場の「人間関係」を良好に保つために、コミュニケーションを図ることは、人材定着のための取り組みとして非常に重要である。コミュニケーションには、タテ(上司と)の関係、ヨコ(職場、同僚と)の関係ともに考えられるが、特に若手人材に対しては、社長や役員、直属の上司による積極的な声かけから取り組んでみることをお勧めする。
「昼食を外で一緒に取る、休憩所に差し入れをするなど、ちょっとした時に声をかけ話を聞くようにしています。経営者と距離が近く、身近な存在であるという意識が根付くと、職場の雰囲気が違います。社員は現場で一生懸命やっている姿をやはり経営者に見てほしいものです」(小杉造園株式会社 代表取締役社長 小杉左岐氏)というように、少しの気遣いや声かけがモチベーションの向上につながる。
また、仕事の相談だけでなく、プライベートの悩みや不安について話を聞くことも関係を深めるためには効果的である。一方で、周囲に同僚がいない若手社員に対しては、メンター制度によるサポートやレクリエーションなど従業員同士が交流できる場を設けることも必要である。
TDB のアンケート調査では、人材定着に向けて現在行っている取り組みとして、「社内外の研修参加や資格取得の推進」が8割近くに上っており、成長企業が社員の能力開発に力を入れていることがうかがえる。
研修には時間と費用がかかるが、若手の「仕事のやりがい」を高めたり、モチベーションを向上させることにもつながるため、大きなメリットがある。助成金の活用により企業側が負担を軽減することや、支援機関に相談することで教育・育成のノウハウやアドバイスを得ることも可能だ。
今後も人材確保が困難になっていくなかでは、スキルや経験を持った既存の従業員にいかに長く勤めてもらうかがカギになる。
そのためには、労働条件の見直しとして、たとえば出産・育児などに応じた働きやすい勤務体系の整備、介護離職を防ぐための制度、退職年齢の引き上げなど、女性や技術を持った従業員が働き続けられるような仕組みが必要になってくる。
「人材育成とワークライフバランスを両立させていくことが社員のモチベーションと定着率を高め、収益の向上につながる」(みずほ総合研究所株式会社 人事コンサルティング部主席コンサルタント 原田浩正氏)とのアドバイスがあるように、人事制度と評価・育成制度の両面から考えていくことが重要になってくるといえる。
以上、中小企業の人材定着のポイントとして挙げたが、いずれの取り組みも社員任せでは結局のところうまくいかない。経営者自らが行動を起こし、コミュニケーションを積極的に取っていくことが人材定着のための第一歩である。成長企業の人材定着の具体的な取組内容を、以降の記事で紹介する。