厚生労働省の発表によると、2017年8月の有効求人倍率は1.52倍(7月と同数)と43年ぶりの高水準が続き、求人数は求職者数を大きく上回った。また、失業率(2.8%、同年同月)および完全失業者数も減少が続くなど、雇用環境は改善傾向が続いている。一方で、生産年齢人口は年々減少しており、企業における人材不足、人材獲得競争はさらに激しさを増すことが見込まれる。
そのため、企業には生産性の向上とともに、ダイバーシティ経営や働き方改革などをはじめとして、さまざまな人材が活躍できる組織作りがさらに重要になってくる。そうしたなかで特に、いわゆるシニア層といわれる60歳以降の人材の経験や技術・技能は、企業を支える重要な要素、戦力として注目されている。
「第1章 中小企業におけるシニア人材の活躍推進」では、シニア人材の雇用の現状と定着および活躍のポイントについて、帝国データバンクが実施した企業への各種アンケートによる実態調査の結果や、シニア人材が活躍する中小企業、支援機関への取材などから考察する。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成24年1月推計)によると、2015年の生産年齢人口は7,728万人。10年前(2005年)と比べて714万人の減少で、2020 年には約200 万人(7,405 万人)、2030 年には約700万人の減少(6,875万人)が見込まれている(図表1)。
昨今は、企業の人手不足が深刻化しており、2017年7月に帝国データバンク(以下、TDB)が実施した「人手不足に対する企業の動向調査」によると、正社員では企業の45.4%、非正社員では企業の29.4%が不足しているとの回答があった(図表2)。正社員不足の割合は調査開始以来、過去最高を更新し、特に「大企業」の不足感が一層の高まりを見せている。今後も中小企業における人材確保・維持への影響拡大が懸念されている。
こうしたなか、中小企業が人材を確保していくためには、新卒者や若年層といった年齢や性別、国籍などに関わらず、多様な人材に目を向けていく必要がある。近年の「ダイバーシティ経営」や「女性活躍」の推進はそうした動きを反映している。なかでもシニア人材は経験や高い技能をもっており、注目が集まっている(シニアにはさまざまな解釈があるが、本紙では60歳以上の人材と定義し進めていく)。
厚生労働省の「平成28年版高齢社会白書」によると、2015年の60歳以上の雇用者数は、約896万人(「60~64歳:438万人」、「65歳以上:458万人」)にのぼり、10年前(2005年:545万人)と比べて、351万人増加した(図表3)。特に、「65歳以上人口に占める65歳以上の雇用者数の割合」(2015年で13.5%)は右肩上がりが続いている。
また、全国60歳以上の男女に就労希望年齢を尋ねたところ、65歳以上との回答が実に7割(71.9%)を超えている(図表4 内閣府「高齢者の日常生活に関する意識調査(平成26年)」)。多くの高齢者が高い就労意欲を持っており、65歳を超えてもできる限り働きたいという希望は強い傾向にある。
一方で、企業におけるシニア人材の雇用状況はどうなっているのか。ここでは、2017年8月にTDBが実施した「シニア人材の雇用に関するアンケート調査」や関係機関のデータをもとに現状を考察する。
2013年の高年齢者雇用安定法の改正により、65歳までの雇用確保措置は99.5%の企業で実施されている(厚生労働省「平成28年「高年齢者の雇用状況」(6月1日現在)」)。内訳をみると、「60歳定年」と「60歳以降の継続雇用(再雇用)」のセットでの運用が主流である。
その要因として、定年制の廃止や定年の引上げによる雇用確保は、「現役世代を含めた賃金体系や給与規則の見直しのほかに人件費総額の確保などで企業側での対応が多くなる」(厚生労働省職業安定局 雇用開発部高齢者雇用対策課 課長補佐 山下 禎博氏)ことが挙げられる。
TDBの調査でも、「65歳までの定年制度」(11.1%)および「定年制は廃止している」(8.0%)との回答企業の割合は合わせて19.1%、60歳以降も安定的に、正社員として雇用する制度を運用している企業は、およそ5社に1社にとどまっている(図表5)。大半が「65歳までの継続雇用(再雇用)」であり、前述の65歳以降も働きたいというシニア人材の就労意欲に対して、企業側とのギャップがうかがえる。 2016年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」では、「働き方改革」のなかで、65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長を行う企業に対して、支援や働きかけを行うと明記されているが、今後定年の引上げに向けた動きなどが進むか注目される。
ただ、大企業と中小企業とを比較をすると、シニア人材の雇用は中小企業のほうが進んでいる傾向がある。
採用している高齢者雇用制度をみると、「65歳までの定年制度」と「定年制は廃止している」企業の合計割合は、大企業では6.0%にとどまるのに対して、中小企業では20.0%と3倍強の差がある(図表5)。
「仕事をきちんとしてくれるのであればいつまでも働いてもらいたい」、「法改正前から高齢者が働きやすいよう工夫している中小企業もたくさんあります」(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部長 浅野浩美氏)などが要因として挙げられる。
一概に継続雇用よりも定年延長のほうが優れているというわけではない。企業の取り巻く状況によって運用はそれぞれ異なるが、一般的には雇用管理やモチベーション、組織の若返り、人件費といった点で影響がある(図表6)。
前述の現状をふまえ、TDB では、2017年9月に過去の調査や関係省庁による表彰・取組事例集などから、多様な働き方や人材確保に取り組んでいるとみられる中小企業を中心とした853社を対象に、「シニア人材の活躍推進に関するアンケート調査」を実施、417社から回答を得た。シニア人材に対する雇用制度の実施状況や雇用の目的などを聞いた。
調査結果からは、シニア人材の雇用制度の運用割合には大きな変化がないものの(図表7)、雇用目的をみると、「経験値(技能・技術伝承など)の有効活用」、「若い世代への社員教育・育成」などシニア人材が持つこれまでの経験や技能を、自社の事業や若手の人材育成に積極的に生かそうと考える企業の割合が多いことがうかがえた。
そのほか、「現状の事業運営・改善のための幹部人材の確保」、「既存事業の拡大にともなう幹部人材の確保」といった、事業の継続や強化のために、役員やマネジャーとしてシニア人材を雇用しているとの回答もみられた(図表8、9)。
以上のように、シニア人材の雇用は、人手不足や法改正などを背景に進んでいるが、今後は「シニア人材の雇用後」についても検討をしていく必要があるだろう。 それは、前述のシニア活躍推進企業のように、雇用したシニア人材が「定着し、能力を生かし、貴重な戦力として自社に貢献するためにはどうすべきか」である。 今回、TDBでは企業や関係機関への取材・調査を通じて得た、シニア人材の定着・活躍のポイントを以下にまとめた。
高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査によると、シニア人材の雇用後の課題には、上記の3つが上位に挙がる。「本人のモチベーションの維持・向上」は、「60歳代前半層」に最も多く当てはまる課題として、全体の6割を超える企業が選択。特に定年を迎えたあと、継続雇用(再雇用)となる人材に多い課題だという。
また、「担当する仕事の確保」も4割を占めるが、現在のシニア人材の雇用制度の主流である継続雇用制度では、定年前と比べて待遇、役割、責任などが変化することが、シニア人材の働き方や仕事に対する意欲に少なからず影響を与えているといえそうだ。
さらに、雇用する企業側としては、シニア人材の年齢が上がるにつれて、健康面の不安もある。体調不良による突然の休職・離職などは企業にさまざまな影響があるため、対策が必要となる。
こうした課題に対して、企業はどう取り組めばよいか。シニア人材活躍推進企業では、「柔軟な就業規則の変更(短時間勤務、シフト制、休暇取得など)」(49.6%)、「納得感のある評価(評価制度、報酬)」(40.5%)、「社長や直属上司による、声かけや気づかい」(39.1%)などの取り組みが上位に上がった。
「高齢者に期待する役割や仕事の内容を明確に示すこと」(高齢・障害・求職者雇用支援機構 浅野氏)とともに、働きぶりや貢献に対してしっかりとした評価を行うこと、またはシニア人材自らのコミュニケーションに加え、上司などからも接する姿勢を持つことは、シニア人材のモチベーションの向上につながる取り組みといえる。
また、働き方についても、「本人の都合によって労働時間を調整できるよう、さまざまな労働時間ごとに給与額をシミュレーションして結果を開示」(株式会社三和電機製作所代表取締役社長 林 武宏氏)するなどの弾力的な運用を行っている企業も多い。そのほか健康管理面では、定期的な健康診断の徹底や面談を通して、リスク管理を図る企業もあった。
このように、シニア人材に対応した制度や環境を整備するためには、自社の組織や人員構成などにも配慮しながら、他社事例から参考となる部分を活用して、定期的に運用を見直し、改善していくことが、成功への近道であろう。 年齢にとらわれず、シニア人材を雇用することは、企業にとって経験や人脈、技術などをもとに新たな付加価値を生む可能性を秘めている。以降の記事に掲載したインタビューや企業リストなども活用し、シニア人材が定着・活躍できる仕組みや役割を整備し事業の成長に生かしていただければ幸いである。