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 2019年4月、働き方改革関連法が施行された。年5日の年次有給休暇の取得義務化が適用、中小企業では2020年4月から順次適用が開始される。人手不足感は依然として高水準にあり、今後も厳しい状況が続くことが予想される。こうしたなか、働き方改革の取り組みと多様な人材の活躍推進による生産性向上に向けて企業では試行錯誤が続く。

ここでは統計調査などによる働き方改革の現状を考察し、帝国データバンク(以下、TDB)の取材などから、取り組みのポイントを解説する。

1 働き方改革と人手不足の現状

①働き方改革への対応状況

2019年4月に働き方改革関連法が施行された。企業には「①年5日の年次有給休暇の取得義務化」のほか、「②時間外労働の上限規制(原則として月45時間、年360時間)」、「③不合理な待遇差の禁止」などが求められる。これらは大企業ではすでに適用されており、中小企業でも①は適用が開始された。

今後、中小企業では、②が2020年4月から、③は21年4月からの適用となるが、法対応の準備はどの程度、進んでいるのだろうか。

参考として、2019年6月に日本商工会議所が発表した「人手不足等への対応に関する調査」をみる。

それぞれの準備状況について、「対応済・対応の目途が付いている」と回答した企業の割合は、「時間外労働の上限規制」が63. 1%(2018年10~12月調査:45.9%)、「年次有給休暇の取得義務化」が77.3%(同44.0%)となった。他方、不合理な待遇差の禁止への対応としての「同一労働同一賃金」は36.0%(同31.0%)にとどまっており、あまり準備が進んでいないことがうかがえる。

②人手不足による事業への影響

時間外労働の削減と年次有給休暇の取得への対応は進んでいるとみられるが、TDB の各調査では、人手不足が事業継続に与える影響は年々大きくなっている。

企業の倒産動向をみると、2018年の人手不足倒産は前年比44.3%増の153件と3年連続で増加(図表1)。さらに、2019年上半期(1~6月)は4年連続で前年同期比増となる89件(同27.1%増)に上った(出典:帝国データバンク「全国企業倒産集計(2018年報2019年上半期報)」)。

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また、「人手不足の解消に向けた企業の意識調査」(2019年9月)では、従業員の過不足感について「不足」と回答した企業(5, 461社)に、その影響を聞いたところ、「需要増加への対応が困難」(50.5%)が半数を超え、「時間外労働の増加」(36.6%)、「新事業・新分野への展開が困難」(31.7%)などが上位に挙がった(図表2)。休暇取得への影響については、「休暇取得数の減少」が20.0%の割合に上り、特に大企業での影響の大きさがうかがえる。

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③労働者への影響

他方、働き手の意識はどうか。労働政策研究・研修機構が実施した「人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査(企業調査・労働者調査(2019年9月)」によると、人手不足によって職場への影響があると回答した正社員(有効回収数:1万348件)に、具体的な影響を聞いたところ、「残業時間の増加、休暇取得数の減少」(85.8%)が最も高い割合となった(図表3)。

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次いで、「従業員の働きがいや意欲の低下」(78.4%)、「離職者の増加」(75.9%)、「能力開発機会の減少」(75.0%)、「将来不安の高まりやキャリア展望の不透明化」(72.9%)となった。

人材確保が難しいなか、働き方改革の目的は「企業が働き方の見直しやIT投資などにより生産性を向上させること」、「さまざまな事情を理由に多様化する働き手の環境整備と活躍推進を図ること」にある。しかし、働き方改革の推進によって制度としての「時間外労働の削減」や「有給休暇の取得」が進む反面、生産性向上が図れずに、人手不足の影響で従業員の業務負担の増加や就労意欲の低下、キャリアへの不安感の高まりという課題も垣間見えるのではないか。

働き方改革が注目され始めた一時期、ジタハラ(時短ハラスメント=業務が残っているにも関わらず、定時退社を強要されること)、それにともなう管理職・マネジャーへの業務負担の増加が新聞報道でも取り上げられたが、人手不足の影響は続いているとみえる。

2 働き方改革のポイント

人手不足の状況下、働き方改革への対応を進めながら、「柔軟な働き方の実現と魅力ある職場づくり」ならびに「生産性向上」に向けて日々、頭を悩ませ、試行錯誤を重ねる経営者やマネジャーは多いと思われる。

では、「なにから始めたらよいか」、「取り組むにあたってのポイントはなにか」、「他社はどのような取り組みを行っているのか」。ここではそうした課題に対して、働き方改革のポイントを3つの視点から考察する。

①取り組みのポイント

今回、TDBが各方面への取材からみた働き方改革の取り組みのポイントを1つ目に挙げる。

<即効性を求めない>

働き方改革は、取り組み始めることで「利益が改善する」、「コストが削減される」という効果がすぐに出るものではない。

働き方改革に取り組む目的を従業員に伝え、社内に浸透させるまでには相応の時間も手間も必要だ。また、各社の状況や優先度などによって、取り組むべき項目もそれぞれ異なる。そのため、働き方改革には10あれば10通りの進め方があるといえる。そこで、まずはひとつひとつ取り組んでいき、効果検証、改善を加えていくことが有効だ。株式会社ティーエスケー代表取締役社長の竹内一氏は、「働き方改革はトライ&エラーの繰り返しであり、忍耐強く進めていくことが重要」と話す。

なお、官公庁のホームページには、働き方改革の取組事例集が掲載されている。特に、厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」では、業種や規模、取組内容などから事例を検索することもできるため、自社に近い事例を参考にしてはいかがだろうか。

<外部を有効活用する>

経済産業省中小企業庁経営支援課課長補佐の森本要氏は「働き方改革の推進には、外部のリソースを活用することも有効」を挙げる。働き方改革を進めるうえで、たとえば就業規則・人事制度の見直しや業務改善による生産性向上など(図表4)は、自社だけでは進め方がわからないことも多い。そのため、第三者からの視点やアドバイスを活用することも必要になるだろう。

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こうした疑問や悩みには、公的支援として、全国にある働き方改革の総合相談窓口「働き方改革推進支援センター」(厚生労働省)のほか、各都道府県労働局では「働き方・休み方改善コンサルタント」などがある。いずれも無料で専門家による個別訪問を行っているため、お勧めしたい。

②外国人材の活躍推進

2つ目は「働き方改革と多様な人材の活躍推進」として、外国人材を取り上げる。

2019年4月施行の改正出入国管理法により、新たな在留資格「特定技能」が創設された。さらに同年5月には適用要件が緩和され、外国人材が日本で就ける職業が拡大。特に人手不足が深刻な介護・サービス業などでのにおける海外事業の拡大に向け、高度外国人材の採用、とりわけ「留学生30万人計画」などを通じて、外国人留学生の日本企業への就職を支援している。人材確保の一環として、外国人材を受け入れ、能力を発揮できる環境を作ることは海外展開などの事業多角化にもつながる。

採用成功のポイントとして「採用時には採用目的・役割・キャリアパスの提示が必須」と話すのは、外国人材の採用相談や外国人留学生の就職支援を行う留学生支援ネットワーク事務局長の久保田学氏。外国人材の採用は経営戦略であり、採用にあたって必要な人材像を落とし込むことの重要性を説く。

一方、これまで外国人材を採用したことがない企業にとっては、日本とは異なる文化や慣習などによる価値観の違いから、外国人材の採用・定着に対して不安を持つ企業もあるだろう。外国人材を積極的に採用している株式会社タウ 代表取締役副社長の原田大助氏の話からは、「生活や文化などを受け入れ、理解しようとする姿勢を持つ」「働き、生活する場所として安心感をもてる職場環境づくり」がポイントに挙がる。

2018年10月現在で、外国人労働者数は前年比14.2%増の146万人に達した(図表5)。グローバル社会における外国人材の役割は人手不足の解消にとどまらない。

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自社の事業のなかで外国人材に求めることを明確化し、受け入れの気持ちを持って粘り強く、こまめに対話を行うことが外国人材の活躍につながるといえそうだ。

③健康経営の導入

最後に取り上げるのは「健康経営」である。健康経営とは、「従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性などを高める投資であるとの考えのもと、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と定義されている(出典:経済産業省「健康経営の推進について(2018年9月)」)。

同省の「健康経営優良法人認定制度(中小企業法人部門)」の3回目となる2019年は2,501法人が認定、前回から約3倍の大幅増となった(2019年10月1日現在)。

健康経営を含む働き方改革の実行が企業の利益率向上につながる可能性が指摘されており、近時は、従業員の健康管理とサポートが人材定着や働きがいの改善、長期的には生産性や企業価値の向上につながるとの認識が中小企業経営者にも広まっている。

2019年8月の有効求人倍率(全国、新規学卒者を除きパートタイムを含む)は、1.59倍(厚生労働省)と依然として高水準が続いている。

今後は、世界経済の減速や消費税率引き上げなどの影響が懸念されるが、長期的には企業の人手不足が続くとみられる。少子高齢化、生産年齢人口の減少が続くなか、人材の確保・定着、生産性向上と働き方改革をどうつなげるか。続く記事でアドバイスと取組事例を参照していただきたい。

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