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日本経済が長期低迷を脱するうえで、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」は重要課題のひとつとなっている。

しかし、そのデジタル分野においても、日本の取り組みの遅れが露呈している。その現実は、コロナ禍によってにわかに我々の前に突き付けられた。住民データ未整備による特別定額給付金の給付トラブルや、出社制限によって炙り出された業務非効率などの形で。

今やDX・デジタル化への取り組みは、官民を問わず待ったなしの状況にある。とりわけ経済分野では、企業数の9割以上、従業者数の約7割を占める中小企業のDX 推進が避けて通れない。

ここでは、中小企業のDX を取り巻く環境を整理し、その推進のポイントを考察する。


1.低迷する日本経済

日本経済の長期低迷が続いている。

2000年代以降、実質GDP成長率はおおむね1%前後での推移にとどまっている。

世界に占める名目GDP の割合は、1994年の17.9%から2020年には5.9% にまで低下した。2027年には3.9%へとさらに低下し、インドに抜かれて世界4位となる見通しである。

背景には、生産年齢人口が減少の一途をたどっていることがある。出生率の低下により、その傾向は今後も続く見通しである。

そのような中で経済成長率を高めるためには、労働生産性の向上により、一人当たりGDP を押し上げるしかない。

そのカギの一つが、デジタル競争力の向上だ。


2.2025年の崖

デジタル競争力向上に関連して近年急速に浮上した言葉が、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」だ。

直訳すれば「デジタル技術による変革」となり、対象分野は社会生活全体に及ぶが、経済産業省ではよりビジネス分野に焦点を絞った定義を行っている(図表1)。

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2018年9月、その経済産業省から「DX レポート」という文書が発表された。副題は「IT システム『2025年の崖』の克服とDX の本格的な展開」。

そこでは、DX を実現できなければ2025年以降、日本経済には年間最大12兆円の経済損失が生じると警鐘が鳴らされた。反対に、2025年までにDX が実現すれば、2030年は実質GDP130兆円超の押し上げができるという。

その後DX レポートは、「Ver2」(2020年12月)、「Ver2.1」(2021年8月)、「Ver2.2」(2022年7月)と3度のバージョンアップを経て現在に至る。最新のVer2.2では具体的な方向・アクションが示された。


3.デジタル化で後れを取る日本

しかし、依然として日本は、デジタル分野で世界に後れを取っている。

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界デジタル競争力ランキング2022」において、日本は前年から1つ順位を下げ、過去最低の29位となった。

ちなみに周辺地域では、韓国が8位、香港が9位、台湾が11位、中国が17位にランクされている。デジタル競争力において、日本はすでに、東アジアの最底辺に転落しているのだ(図表2)。

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4.大企業を中心にようやく動きが

とはいえ、コロナ禍により多くの企業がビジネスモデルの変革を迫られたことで、日本企業もようやく動きを見せ始めた。テレワークやオンライン会議を皮切りに、感染拡大防止のために物理的な業務フローをオンライン上に移行させる動きが進んだ。業務デジタル化のすそ野が急速に拡大し、先進企業の事例がメディアで紹介されることも増えた。


5.中小企業の取り組みに遅れ

ただし、その多くは大企業の事例である。「DX レポート」をはじめとする関連情報の多くが大企業を想定して書かれており、中小企業向けの情報はまだ少ない。

そのせいか、中小企業のデジタル化への取り組みは、進んでいないのが現状である。

帝国データバンクが2022年9月に実施したアンケートでは、DX について「言葉の意味を理解し、取り組んでいる」と回答した企業の割合は、中小企業で13.5%、小規模企業では8.8%にとどまった(図表3)。

図表3.jpg


6.中小企業もデジタル化は不可避に

しかし、社会全体のデジタル化は否応なく進み、中小企業もいずれそれと無縁ではいられなくなる。今は必要性を感じなくても、5年、10年後には間違いなく状況が変わっているだろう。

すでに消費活動ではデジタルシフトが著しい。ネットショッピングが当たり前のものとなり、リアルでの買い物も支払いのキャッシュレス化が進む。映像・音楽コンテンツなどの娯楽も、ネットを介して楽しむことが一般的となった。

これによりBtoC 企業はデジタル対応を余儀なくされ、その影響はやがて川上のBtoB 企業にも波及する。ネットやスマートフォンアプリを活用したビジネスモデルが続々登場する中、ビジネスのデジタル化は否応なく進む。


7.サプライチェーン脱落のリスク

大企業が調達・発注業務のDXを進めれば、取引先である中小企業もデジタル化への移行を要請されることになるだろう。

例えば、大企業は脱炭素やSDGs に取り組むうえで、取引先も含めたトレーサビリティーや安全性確保を求められる。二酸化炭素排出削減についても、サプライチェーン全体が算定対象とされるようになった(スコープ3削減)。これらの実現には、サプライチェーンのデジタル化が不可欠である。

その結果、取り扱っている製品・サービスが代替不能な唯一のものでない限り、デジタル化に対応できているサプライヤーのほうが優先的に取引されることになるだろう。

取引先からの要請がなかったとしても、デジタル技術を活用した省力化はどのみち必須となる。

少子高齢化により労働人口が減少していく中で、人手不足をITで補うのは必然の流れであり、それなくして生産性の維持や取引先拡大、新規事業への取り組みは不可能だからだ。

人材を獲得するうえでも、デジタル化は必須要素である。アナログな職場は、物心ついた時からスマートフォンが存在していた「デジタルネイティブ」世代からは敬遠されるだろう。


8.レガシーシステムが抱えるリスク

業務がデジタル化されていたとしても、それが20年、30年前に作られた古いシステムである場合には、別のリスクが懸念される。

まず、それが稼働しているうちは、新しいデジタル技術を持つ人材を獲得・育成することが難しい。さらに、古いシステムを維持してきた技術者が高齢化し一斉に退職を迎えると、システムを保守できなくなるリスクもある。

たとえ業務フローがデジタル化されていても、データを誰もが使えるような形で共有されていなければ、その恩恵は得られない。たとえば経営情報をデジタル化していても、それがローカル環境にバラバラに保存されていては、意思決定に役立てることはできない。

過去に少なくない投資をして構築したいわゆる「レガシーシステム」が、今のところ問題なく動いていれば、あえてそれをリニューアルしようという気にはなりづらい。しかし、それが企業のDX 推進の足かせとなっている。


9.デジタル化のハードルは下がっている

一方で、デジタル化があまり進んでいない中小企業にとっては、むしろDX に取り組みやすい環境が整いつつある。その理由の一つが、クラウドサービスの充実だ。

クラウドサービスよって、会計、営業、人事などに関するITツールが、自前で機器を導入する必要もなく、サブスクリプションで気軽に導入できるようになった。豊富な資本力や組織力がなくても、デジタル化に取り組みやすくなったのだ。

中小企業の場合は、必ずしもシステムの全面リニューアルを必要としないことも多い。とくに非コア分野については、クラウドサービスを活用して徹底して効率化することが可能となったのだ。


10.経営者のコミットがカギ

もう一つ、中小企業がDX・デジタル化を進める点で有利な点として、大企業ほど組織が複雑でなく、経営者のリーダーシップが発揮しやすいことが挙げられる。とくにオーナー経営者の場合、経営者が思い切った手を打つことができる。

DX は「デジタル技術をどう経営に活用し、事業に変化をもたらしていくか」を考える取り組みである。したがって、経営者が起点となって進めるのが最も望ましい。トップが予算を持ち直轄プロジェクトとして進めるなど本気で関与すれば、前進も早いだろう。

そのためには、経営者自身も技術の概略と、それを使って何ができるのか程度は理解しておく必要がある。自社のやりたいことに対してどのような技術が活用できるのかわかっていなければ、発想すら浮かばないからだ。

とはいえ、経営者は日々の企業経営に時間を取られているので、どうしてもIT の部分は手薄になる。

そこで、経営者に代わってDXをけん引できる人材を育成することが重要となる。


11.人材不足をどうするか

中小企業がDX・デジタル化に取り組む際に、ネックとなるのが人材不足である。

経営コンサルタントとして企業のDX 推進も支援する(株)クロスフィールドの設楽和彦社長は、次のように語る。

「そもそも、DX人材自体が社会全体で不足しており、給与水準は上昇の一途にあります。そのため、中小企業がそういう人材を新たに雇用することはどんどん難しくなっています。」

「DX は、事業戦略や経営課題を踏まえて実施する必要があります。そのためには、経営とITの両方を理解し、デジタル活用をビジネスに落とし込めるような人材が求められます。そのような人材をどのように確保するかが、中小企業にとって大きな課題です」


12.人材に関する官民の支援

このような問題意識は官民のDX 支援機関の中でも高まっており、これに対する公的支援や民間サービスが登場し始めた。

中小企業庁は、「IT を利用した経営力強化」に対する専門家派遣や、DX・デジタル化推進人材のためのオンライン教育・研修プログラムの提供を通じて、中小企業のデジタル人材育成をサポートしている。

東京都は2022年度より、企業の経営者やリーダー層を対象とした「DX 人材リスキリング支援事業」を開始。従来から実施していた「DX リスキリング助成金」とあわせて、デジタル人材の育成支援を強化している。

NTT 東日本グループは、「地域」のDX を支援する新会社を2022年1月に新設。地域の企業、大学、自治体のDX コンサルティングから実装までをサポートするほか、多くのセミナーも開催している。

DX に悩む中小企業は、こうした官民の支援サービスの利用も一考の余地があるだろう。


13.小さく始めるのが中小企業DX のポイント

最近では「DX」という言葉だけが先走り気味で、「必要だとは思うが、何をしたらよいかわからない」と悩む経営者も少なくない。

しかし、自社のあるべき姿や、応えたい顧客ニーズがあり、そこに至る障害をデジタル技術で取り除いていくのがDX である。それならば、「X(トランスフォーメーション)」の部分はいったん脇に置き、まずは身近にある不都合を「D(デジタル)」によって解決するところから始めてはどうだろうか。

幸い今は自前でシステムを組まずとも、既存のクラウドサービスでさまざまなことができるようになった。

経済産業省の「DX 認定事業者」である金鶴食品製菓(株)(従業員75名)の金鶴友昇社長は、「まずはできるところからやってみることが大事」と語る。

同社はまず、情報共有のためにチャットツールを導入するところからデジタル化をスタートし、現在では従業員自らがフリーの B I(ビジネスインテリジェント)ツールを活用して、ビジネス情報を可視化する仕組みを構築するまでになっている。

モチベーションとなっているのは従業員自身の職場を良くしたいという思いであり、そのために必要なデジタルスキルも、社内勉強会によって従業員自ら身に付けている。その経験から「DX を推進するには自社で人材を育成するのが一番の近道ではないか」と金鶴社長は言う。

「単なるデジタル化はDX ではない」とはよくある批判であるが、「単なるデジタル化」なくしてDX は実現しない。小さなデジタル化による小さな成功の積み重ねが、中小企業のDX にとって最も重要なことではなかろうか。

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